「ピンクとブルーに分けない育児」とは?
「ピンクとブルーに分けない育児――ジェンダー・クリエイティブな子育ての記録」を読みました。
著者のカイル・マイヤーズは、自分の赤ちゃんを、ジェンダーにとらわれずに育てようと決めて、それを実践しました。
赤ちゃんを外性器によってジェンダーを決めずに、つまり「男の子」あるいは「女の子」として扱わずに、好きな色、好きなキャラクター、好きなおもちゃを自分で選ぶようにさせたのです。
子どもの性別を知りたがる通りすがりの大人たちとの攻防。
夫婦それぞれの両親にジェンダー・クリエイティブな子育てをすることを決めたことを知らせる前のためらいや戸惑い。
プールでのアクティビティのチラシで「女児には人魚のしっぽ、男児にはサメのひれを付けます」というのを見て、がっかりしたり、幼児向けの陸上競技大会で、男女別に走らせると知り、参加を断念したことも。
いろんなことに出会いますが、カイルと夫のブレントは、ズーマーと名付けた子どもとともに様々な苦労を乗り越えていきます。
男の子だから、女の子だから、と可能性を狭められることなく、生きること。
そのための障害がたくさんあることを認識させられます。
英語圏では代名詞があるので、赤ちゃんの性別がわからないと会話が困る、というのがネックになります。
heでもなくsheでもなく代わりに「they/them」で表現することに、ズーマーの周囲の人たちは慣れていくのです。
日本語は、必ずしもジェンダーを意識した代名詞を使わなくても会話が成り立つので、英語圏よりもジェンダー・クリエイティブな子育てはしやすいのかも、と思ってしまいました。
最近は履歴書の性別欄をなくそう、という動きもあります。
アンケートに性別欄は要らないのでは?と提案することもあります。
「男・女・その他」というアンケート欄を見かけることもあり、がっかりしてしまいます。「男・女・回答しない」という選択肢ならまだしも「その他」という選択肢を選ぶ人の気持ちを考えないのかな、と思ってしまいます。
ジェンダーについて考える人がもっと増えるように、カイルのような取り組みを知らせることは有意義だと感じました。
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- [2023/05/01 22:54]
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ヤングケアラーについて知るためのおすすめ本
「私だけ年を取っているみたいだ。 ヤングケアラーの再生日記」を、同僚に勧められて読みました。
小学生のゆいは、統合失調症の母と、会社員の父、認知症の祖父、そして弟と暮らしています。
母は体調が悪い日のほうが多く、一家の家事は、ゆいが1人で担っています。
時には母から包丁を向けられ、あるいは父の浮気を疑った母から父の会社に行くよう命令され学校を休む、そんな日々でした。
「困っていることはない?」と教師に尋ねられても、別に困ってはいないか、と「困ってないです」と答え、正直に話したところで大人は助けてくれるわけではない。
自分の感情を殺し、ロボットになることで乗り切ろうとしたゆい。
大学生になってお気楽な周囲の学生との感覚の違いに、「私だけ年を取っているみたいだ」と感じたりします。
本書は、特定の個人ではなく複数のヤングケアラーの体験をもとに描いたコミックですが、どの出来事も実際にあったエピソードなのだそう。
ヤングケアラーの実態について知りたい人は、まずこの本を読んでみてください。
他に私が読んだヤングケアラー関連の本をいくつかご紹介します。
「ヤングケアラー わたしの語り――子どもや若者が経験した家族のケア・介護」は、実際にヤングケアラーだった人たちの手記。
難病の母を支える少年、重度心身障害者である妹と暮らす「きょうだい児」、聞こえない両親と暮らす健聴の子どもの悩み、など、さまざまなヤングケアラーが自分の言葉で語ります。
学校の同級生には自分のことを話せない、という気持ち。
かわいそう、と見られがちではあるが、家族への愛情があってケアをしているのだからこれでいいのだ、という肯定的な気持ちについても知ることができました。
家族の介護やケアのために、子どもらしい生活ができない子どもたちがいることを、大人は無関心でいてはいけないと思いました。
「「ヤングケアラー」とは誰か 家族を“気づかう"子どもたちの孤立」は、ヤングケアラーの当事者や経験者への聞き書きです。
覚せい剤依存症の母親と暮らしているAさんは、そのことを大人に相談できないというつらさをかかえています。
コーダ(ろう者の両親をもつ健聴の子ども)は、親のために通訳をしなければなりませんが、手話通訳をしているとメモも取れず、話の内容を覚えていることはできませんが、親は娘が聞いているだろうと思って覚えていない、ということが起きてしまいます。
この本では、ヤングケアラーや困りごとをかかえた子どもたちの「居場所」の大切さについて述べています。
こちらはこれから読みます。
ヤングケアラーは、当事者から相談されないからといって、困っていないわけではない、ということを大人が理解しないといけないのだということを忘れないようにしたいものです。
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- [2023/01/09 19:06]
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久しぶりのトリイ・ヘイデン「うそをつく子」を読む
「シーラという子」を初めて読んだときの衝撃は、今でも忘れない。
その後、トリイ・ヘイデンの本はずっと追いかけて読んでいたが、「うそをつく子―助けを求められなかった少女の物語 」が2021年に出ていたことに、うかつにも気づかなかった。
途中でやめられないことを予期して、時間のある週末にようやく読み始めた。
米国では問題のある子どもたちの教師をしていたトリイは、その後イギリスへ渡り、作家として暮らしている。
うそをつき、放火や放尿といった周りをこまらせるようなことをして、家庭から引き離されたジェシーに対し、トリイは週1回ボランティアとして関わることになる。
ジェシーとの主導権争いや、週1回しか会えないことから以前の教師時代のようなかかわりができない焦りや悩み。
ジェシーを信じるのか、施設職員を信じるのか、究極の選択を迫られるトリイ。
その場所の情景がリアルに思い浮かぶような描写力はこれまでの本と同様で、トリイ・ヘイデンらしさを堪能した。
未読の方は「シーラという子」をぜひ。
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- [2022/12/22 20:00]
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「戦争日記」を読んで、平和を願う
2022年、今年の漢字は「戦」が選ばれたそうです。
やはりロシアのウクライナ侵攻は、今年のトップニュースですね。
「戦争日記 : 鉛筆1本で描いたウクライナのある家族の日々」を読みました。
ウクライナの絵本作家オリガ・グレベンニク が、戦争の始まりと人々の暮らしを鉛筆1本で描いたもの。
戦争によって奪われたものは・・・
住み慣れた家
家族と共に暮らすこと
カバン1つ以外のすべての持ち物
祖国での暮らし
あらゆるものが戦争によって奪われてしまう。
場合によっては命さえも奪われる。
戦争で犠牲になるのは、兵士だけじゃない。
一般の庶民。女性たち、そして子どもたち。
どんな理由があっても戦争はいけない、という事をこの本は静かに、そして強く訴えます。
ウクライナに住んでいる人たちの中にもロシア語を母語とする人たちがいて、そのことで迫害されるなど複雑な情勢になっていることは本書を読み初めて知りました。
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- [2022/12/18 14:06]
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冤罪を作るのは誰か?「冤罪をほどく: “供述弱者”とは誰か」を読んで考える
「冤罪をほどく: “供述弱者”とは誰か」は、中日新聞編集局によるノンフィクション。
看護助手が人工呼吸器を外して患者を殺したとして逮捕され、懲役12年の有罪判決が確定したた事件を取材し、冤罪だと確信を持った新聞記者たちが、弁護団とともに再審そして無罪判決を勝ち取っていく。
その過程で、獄中鑑定を成功させ、犯人とされた西山さんが、やってもいないことを自白してしまったことの理由を解き明かしていく。
記者たちの真実を追い求める姿。
その一方で、「自白」をもとに「犯人」を作り出した警察と、それを見抜けなかった裁判官の事情。
今テレビでやっている長澤まさみ主演のドラマ「エルピス」も同じような冤罪事件を取り上げていて、今後の展開がどうなるか、ハラハラしながら観ている。
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- [2022/11/15 21:01]
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